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2002 ショートショートなテキスト ブログトップ

人妻と僕 [2002 ショートショートなテキスト]

 人妻と会話した。

 なにかけだるいような会話は僕と彼女の間に流れる時間をやるせないものにしていく。
 色あせた風景画の中に取り残されたような二人。喫茶店の片隅でぬるくなったコーヒーを飲むわけでもなく、ただぼんやりと眺めながら話す彼女。

 「聞いて欲しいの、ナカムラ君。」

 ささやくというには大きく、普通というにはゆるい声。

 「‘きっと幸せにするから僕のところへ永久就職しなよ’っていうのがあの人のプロポーズだったの。でもいざ就職してみたらもう倒産間近なのよ。」

 そんなこと僕に言われてもなあ。


リング [2002 ショートショートなテキスト]

 映画好きの福島(仮名)君の家に行った時のこと。

 映画好きといっても福島君はけっしてマニアと呼べるほどでもなく、ハリウッド系映画に偏ったよくいるタイプの映画好きだ。でも普通の人よりはかなりの量の映画を見ているのは確かだし、彼の家には映画のビデオやDVDがごろごろと転がっている。ちょっとうらやましい、僕も映画はそれなりに好きだから。


 ただその大量のビデオの2割が「ガンダムシリーズ」で、

 「オレは邦画はアニメとアダルトビデオしか見ない。」

 と豪語しているのはどうかと思うし、その前にアダルトビデオを邦画とカテゴリー分けしてしまう福島君が不思議だ。


 その福島君の部屋で珍しく邦画のビデオを見つけた。公開当時はかなり評判になった「リング」だ。あれだけ評判になった映画だけど僕はまだ見たことがない。

 「あれ、福島君。これ‘リング’じゃん。珍しいよね、福島君が邦画なんて。」

 「ああ、それか。まあ、あれだけ話題になった映画だからね。」

 「ふーん、僕は結局観てないんだ。これ借りていい?」

 「…ダメだね。それは貸せない。それは一人で見ないほうがいいよ。」

 「え?なんで?そんなに怖いの?」

 「それもあるけど、ラストが忙しいから。」

 「はあ?忙しい?」

 「うーん、どうしても観たいなら今からここで観ていくといいよ。そのカーテンを閉めてくれ。」


 「忙しい」っていうことがどういう意味かよくわからないのだけれど、とりあえずカーテンを閉めて部屋を薄暗くした。福島君がビデオをデッキに挿入して「リング」が始まる。

 感想としてはよくできた映画だと思う。ストーリーは知らない間に引き込まれていくような感じで、登場人物の形のない恐怖感が伝わってくる。ただ福島君がいったとおり確かにラストが忙しかった。



 画面から出てこようとする貞子を福島君と二人で画面へ押し戻すのに忙しくて感想どころじゃなかった。




薫河家 [2002 ショートショートなテキスト]

 久しぶりに香川(仮名)さんの店にいった。飲み屋だ。
 屋号は「薫河家」、読みは「かがわや」、名前の漢字をかえてあるだけ。カウンター席しかなくて小さいけど刺身が美味い店だ。香川さんは僕より若いんだけど、24歳で独立して店を開いた努力家だ。ちょっと尊敬している。性格は明るくてちょっと天然ボケしている。
 香川さんは男だけど、明るい性格のせいか香川さんと話すのが目当てでくるお客も結構いるみたいだ。ほとんどおっさんだけだけど。

 で、僕が店に入ると常連ばかりだった。お互い名前は知らないけれど顔見知りな人たちばかり5人(僕を入れて)。こうして常連ばかりになるとお互い本当はよく知りもしない者同士なのだけど、ちょっと馴れ合いな雰囲気で語り合ったりする。
 なんでなんだか、今回はみんなで「ワル自慢大会」をやっていた。

 「オレはさー、昔こんなことやっちゃたのよ。」

 てな感じで。
 なんか1等をとると奢ってもらえるように勝手に話が決まっていた。むろん僕も途中から強制参加させられる。1等の条件は面白いワル。
 で、まあどんなワルが自慢されていたかというと、

 「ケンカ相手を入院させた。」
 「ヤクザの車に当て逃げ。」
 「弟の彼女と浮気。」
 「学校の図書室の本を古本屋で売却。」
 「賽銭泥棒。」
 「パトカーに追突。」
 etc…

 みんな色々やってるなあ…。
 で、僕はというと自慢できるようなワルなど一つもない。困った。

 「で、君の話は?」

 と、水を向けられたが本当に話すことない。でもこういう時になんにも話さないと場がしらけてしまう。なにか言わなくては。

 「実はなにも自慢できるようなワルをしたことがないんです。まあ、ここは‘人には話せないがオレは人殺し以外のワルは全部やった’ってことで勘弁してください。」

 ちょっと、みんな苦笑い。
 でもまあ軽く流して勘弁してもらえそうな雰囲気だ。そしたら香川さん、みょうに感心した口調で

 「すごいですね、ナカムラさん。」

 え、なにがですか?

 「人殺し以外のワルは全部やっちゃったんですか?僕は小心者なんで人殺し以外のワルなんて全然やったことないですよ。」






 そんなわけで今回の1等は香川さんに決定。



世界の終わり 2002-03-28 [2002 ショートショートなテキスト]

 足元を砂ぼこりが転がりぬけていった。
 堤防の上に立ち空を見あがると焼けただれたような赤い色が広がっている。
 僕は時計を見た。時間は十分だ。僕は堤防から砂浜に飛び降りた。

 僕は海に会いにここまできたのだ。でも海は遠くにいってしまった。

 僕は、かつて太平洋と呼ばれた海が行ってしまったと思われる南の方を眺めた。見えるのはゆるい下りになった砂地が広がっているだけだ。だけど海はなくなってしまったわけではない。ずっと向うにまだいるはずだ。ようするに海岸線だけが遠くなってしまっただけなのだ。
 僕は自分にそう言い聞かせると南に向かって歩き始めた。事前に仕入れた情報では2時間も歩けば海に会える。
 僕は砂地を、かつては海底だった場所を一人黙々と歩きつづけた。
 元海底だった場所は独特の匂いがした。腐敗したような匂い。生き物がかつてここにいたのに今はもういない、そんな匂いだ。その中を僕は歩きつづける。

 2時間歩きつづけても海は見えてこない。
 砂地を歩きつづけるのは予想していたより大変だった。疲労感で足の力が抜けてしまいそうだが休憩する気になれない。ただ歩きつづける。
 どうせもう終わりなのだ。そして今の僕にできることといったら歩きつづけることしかない。
 そう思うと自分のことが少しおかしく思えた。

 さらに小一時間ほど歩きつづけると遠くに海らしきものが見えた。いや、海らしきものではない、海だ!
 足が自然と早足になる。
 海だ。
 海だ!
 海なんだ!
 やっと会える!
 青い海だ!
 僕は疲れきった足を引きずるように、でもできる限りの速さで動かし進んだ。
 ああ、海だ。
 やっと会えたんだ。
 やっと海までたどりつけたんだ。
 海は、
 海は、
 やっと会えた海は、
 やっと会えた海は青くなかった。

 海はどんよりとして濁った緑色をしていた。
 それは哀しいほどに死んだ色、死んだ海。
 僕はその海の波打ち際で力なくベタッとしりもちをつき座り込んだ。
 …こんなもんか。
 そうだ、いったい僕は何を期待していたというのだろう。考えてみれば青い海、生きている海になんて会えるはずがなかったのだ。

 世界ハ明日滅ビルノダ。

 僕はしりもちをついたまま立ち上がる気力もなく、両膝を立てその両膝を両腕で抱え込むようにして座り込んだ。この座り方をなんと呼ぶのだったろう?ああ、そう。体育座りだ。僕は体育座りのままその両膝の上に伏せるように頭を乗せ静かに眼を閉じた。

 セカイハアシタホロビルノダ。

 いったい僕は何をしているのだろう?
 もう明日には僕は死ぬのだ。消えるのだ。滅びるのだ。
 なのに会いたい人もいない。愛する人たちももういない。
 僕は閉じていた目を開き目の前の死んだ海を見た。僕の周りには僕以外の生物は存在しない。

 セカイハアシタホロビルノダ。

 僕は一人ぼっちで死んだ海を目の前にいったい何をやろうとしてたんだろう?ひょっとしたら異変前の命に溢れた海に会えるとでも僕は本当に思っていたんだろうか?だとしたら僕はなんと哀れでこっけいなやつだろう。厳然たる事実の前には僕の願望などホコリ一つほどの価値もないというのに。

 セカイハアシタホロビルノダ。

 いやだ。
 死にたくない。
 死んでしまったら僕はいったいどうなってしまうんだ?死後の世界があるのか?それとも何も残らずただ僕という取るに足らない存在は消滅してしまうだけなのか?
 消えたくない。
 僕というちっぽけな存在でもその存在するということをやめたくない。

 考えるということを消したくない。
 感じることを殺したくない。
 想うことを失いたくない。

 セカイハアシタホロビルノダ。

 僕は気がつくと再び目を閉じ体育座りのまま小さく丸なって泣いていた。何もできず泣いていた。
 疲れのせいか眠くなってきた。
 …ああ、このまま眠ってしまったら次に目が覚める時にはこの惑星は滅びてしまっている。
 …いや、次に目が覚める時はないだろう。きっと僕はその時に存在しないものになっているはずだから。

 ソシテセカイハホロビルノダ。













 とまあこんあ夢を見たんですよ。」

 僕は薫河家のカウンターでだらしなく酔っ払いながら店の主、香川さんに話していた。なんと迷惑な酔っ払い。自分が見た夢の話を人に長々と聞かせるなんて。

 「おかしな夢を見たんですねえ。」

 そんな僕にも香川サンは愛想よく相手をしてくれた。やはり生きているということはいいもんだ。

 「でも、どうして世界は滅びたんですか?」

 「その辺はしょせん夢の中の話ですからねえ。夢の中の僕はその原因をすべて把握していたんですけど目が覚めたらさっぱり覚えていないんです。たしか人為的災害が原因立ったような気がしますけど。」

 そうですか、と返事をしながら香川さんは僕の前にオカワリのチューハイを置いた。僕はそれを一口だけ飲んでまた話を続けた。

 「ただね、その夢を見てからなんか変な感じなんですよ。なんか体全体がもやーとしているような。」

 「へー。でもそういうことってありますよ、たまに。」

 「それでね、ふと思ったんです。」

 「はあ。」

 「ひょっとしたら、本当は夢のとおり世界はすでに滅びていて、僕たちは残留思念かなんかでそれに気がつかず普通の生活をしているつもりになっているんじゃないか?って。」

 そしたら香川さん急に慌てた様子で僕の方へグッと近寄り、唇の前に人差し指を一本立てて

 「シーッ!」



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